スズキ船外機の開発当時の思い出

スズキは原動機付自転車(フリー号)(ダイアモンドフリー号)から125cc(コレダ号)

とエンジン技術の積み上げの中で二輪車以外でのエンジン活用用途を模索してスズキ船外機(アウトボードエンジン)を商品化した、時に昭和39年〔1964年〕であった。

 まず開発部門で取り上げたのは、芝刈機、噴霧機、チエンソー、小型除雪機、海苔つみ機、と船外機などであった、その中で商品化に立ち上げたのは小型除雪機と海苔つみ機であったが、当時「新製品商品化評価基準」なるものに照合して合格しなかった、その減点項目はいずれも季節商品であり地域限定商品でもあり、また量的にも魅力にかける点が不足していた。

 船外機は浅海漁業(海苔、かき、真珠、こんぶ)など業務用としても量的にもあり、ヤマハ、トーハツが先鞭をつけていたし、将来的にも海洋レジャーに有望な商品と成り得ると判断して着手した。

 当時既にアメリカからジョンソン、マーキュリー、クライスラーなどの輸入品があった。

 海苔栽培の作業船(べか舟と言って前後の見分けもつかないような長さ4〜5メーター程度の平底舟)に3馬力〜5馬力の船外機をつけて愛知県や千葉県などで使用していた。

 スズキとしては3馬力の漁場には4馬力を、5馬力の漁場へは5,5馬力と少しずつ大きな馬力の船外機を投入してスズキは後発であるが、 さすが軽自動車メーカーである、(力がある、スピードがでる)と印象づける作戦で臨んだ。浅海漁業であるから浅い所をスイスイと走る必要があるので次ぎのような特徴をPRした。

1、下向き傾斜(20度)のプロペラとし浅瀬に対応して調整可能タイプとした。浅瀬を走航する時は脚を浅瀬に応じて揚げてやればプロペラは水平に近づく仕組みである、もう一つの効果としては船が進む時船首が上がって走りにくくなるのをやわらげる作用も有る。

2、ウイドレスプロペラを採用して、プロペラに(も)が絡まないように、羽根をなでがたに設計して(も)が滑ってしまう仕組みである。

 このようにして、他社に無い特徴をPRしながら、 東北〔岩手、宮城〕、千葉、愛知、三重、瀬戸内海、福岡、佐賀と、主として海苔漁場に積極的なキャンペンをし、実演販売に徹して普及活動を展開した、その結果下表の実績を上げることが出来た。

 

国内の船外機(生産、販売)台数

スズキ

年度

生産(台)

前年比

国内販売(台)

前年比

国内販売(台)

前年比

シェアー

37年

13,707

 

12,646

 

 

 

 

38年

18,294

133

16,308

129

 

 

 

39年

30,287

165

25,446

155

 

 

 

40年

34,644

116

28,884

114

735

 

2.5

41年

34,904

100

28,652

99

2,333

320

8.1

42年

38,600

110

30,755

107

4,535

194

14.7

43年

50,363

130

37,815

123

5,277

116

14.0

44年

 

 

 

 

7,600

144

 

               国内の船外機(生産、販売)台数は運輸省調べ

この実績の陰には船外機を商品化するための 海水との闘いがあった。

 海水と鉄、アルミの腐蝕、金属同士の電蝕、エンジン内部への海水侵入防止、塩の堆積による冷却水路の詰まり、エンジン熱による各部の製塩作用など、自動車やオートバイと違った問題をクリアーしなければならなかった。

 耐久力のある船外機にするには、例えばイオン化傾向の強いアルミ系と鉄、またはステンレス系との接触には電蝕防止のために一方を樹脂に変更したり、 同種金属の接触にするなど材質面に苦労した。今も新居町にあるスズキ臨海実験場はまさに耐蝕実験場であった、この点アメリカなどは使用水域が塩分を含まない内陸湖沼での使用が多いことや、使い捨ての習慣からあまり耐蝕性を考えていないようだ、従って先に述べたジョンソン、マーキュリー、クライスラーの船外機はわが国には通用しない向きがあり業務用としては皆無に等しかった。

 このような海水との闘いで、DT70(4Ps),DT100(5,5Ps)の発売までに約1000件におよぶ設計改善の積み上げで発売に踏み切った。

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